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大阪地方裁判所 昭和49年(ワ)1549号 判決 1978年5月24日

昭和四五年(ワ)第四七九三号事件原告

阪峯梅吉

外三名

昭和四九年(ワ)第一五四号事件原告

宮城ヨシ

外四名

右同

奥平和子

右原告九名訴訟代理人

川浪満和

外四名

右両事件被告

大阪市

右代表者

大島靖

右両事件訴訟代理人

俵正市

右同

苅野年彦

昭和四五年(ワ)第四七九三号事件訴訟代理人

弥吉弥

外三名

(この事件においては、以下昭和四五年(ワ)第四七九三号事件を「甲事件」と、昭和四九年(ワ)第一五四九号事件を「乙事件」といい、また、両事件の原告を単に「原告」という。なお、原告阪峯、同土井、同藪内、同宮島関係の部分は甲事件に、それ以外の部分は乙事件に関するものである。)

主文

1  原告阪峯梅吉、同土井藤治郎、同藪内冨三郎、同宮島俊治がそれぞれ被告の設置する学校の校務員たる地位を有することを確認する。

2  被告は、原告阪峯梅吉に対し金一五三六万七一四五円と、同土井藤治郎に対し金一五二九万五八四一円と、同藪内冨三郎に対し金一四五六万二三〇一円と、同宮島俊治に対し金一四七〇万〇六六一円とこれらに対する昭和五二年三月二一日以降支払済みまで年五分の割合による金員及び昭和五二年四月一日以降毎月二〇日限り、原告阪峯梅吉に対し金一八万〇五七六円、同土井藤治郎、同藪内冨三郎に対しそれぞれ金一八万九二一六円、同宮島俊治に対し金一九万二四五六円を支払え。

3  被告は、原告宮城ヨシに対し金四三二万二五七二円と、同宮城一夫、同宮城安子、同宮城修、同奥平和子に対しそれぞれ金六九万〇八九三円とこれらに対する昭和四九年四月一八日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  この判決は、2及び3項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

(但し、判旨を理解するに必要な限度において関係部分を末尾に編注として摘出した。)

理由

一請求原因1、2項は(編注1)、亡朝眞の採用日を除き当事者間に争がなく、弁論の全趣旨によれば、亡朝眞の採用日は昭和二五年七月四日であると認められる。

なお、<証拠>によれば、市教委が地方自治法一八〇条の七及び市教委の「教育委員会の事務の委任等に関する規則」により、学校その他の教育機関の任免その他の人事に関する管理執行権限のうち、校務員の採解の権限を昭和二八年から同四六年頃まで各行政区の区長に委任していた関係で(この点は委任の期間を除き当事者間に争がない)、本件失職通知は、いずれも市教委員長と原告阪峯らが勤務する学校所在地の各行政区長との連名によつてなされていることが認められる。もつとも、前認定の事実からも明らかなように、本件失職の通知は、本件覚書の効力に基づき原告阪峯らに当然生じた本件失職の事実の通知、すなわち講学上のいわゆる観念の通知にすぎず、新たな行政処分を創設するものではない。

二そこで、以下本件失職の有効、無効につき検討する。

弁論の全趣旨によれば、その労働組合としての適格、実態ないし労働協約締結能力の点はさて措き、市教連及び(原告らの主張によれば名義的だけにせよ)教組の存在自体、並びに本件覚書の存在及び市教連が締結当事者となるか否かは別として、少なくとも本件覚書が市教委と教組間に締結されたものであることは、原告らの明らかに争わないところである。

しかして、本件失職の有効、無効は一にその前提となつた本件覚書の有効、有効及びその効力等にかかり、本訴当事者双方の主張もこの点に関し多岐にわたつているのであるが、本件においては地公法上定年制が認められるか否かが最大の争点の一つとなつており、かつこの点が消極と判断された場合には他の点につき敢て判断する必要がないこととなるので、先ず、労働協約による定年制が地公法上認められるか否かの点について判断する。

1  校務員に適用される法律関係

地方公共団体の設置する学校に勤務する校務員は、前記一認定の事実から明らかな如く、地公法三条二項にいう一般職に属する地方公務員であるから、原則として地公法が適用されるが、同時に同法五七条にいう単労職員に該当するため、その職務と責任の特殊性に基づき同法の特例を必要とするものについては別に法律で定めることになつているところ、地公労法附則四項によれば、その「労働関係その他身分取扱については、その「労働関係その他身分取扱に関し特別の法律が制定施行されるまでの間は」、地公労法(一七条を除く)及び地方公営企業法(以下、「地公企法」という)三七条から三九条までの規定が準用されることとされているが、右の「特別の法律」は現在に至るも制定されていないため、結局、校務員を含む単労職員の「労働関係その他身分取扱」は、原則として地公法三九条によつて適用を除外された規定(但し、地公労法附則四項後段の読み替え規定により、職員団体に関する地公法五二条から五六条までの規定は適用除外しないもの、と読み替えられる)以外の地公法、地公企法三七条(職階制)、三八条(給与)及び地公労法(一七条を除く)が適用されることになつている。

その結果、校務員を含む単労職員は、地公労法により争議行為は禁止されている(一一条)ものの、労働組合を結成し、又はこれに加入することができ(五条一項)、七条各号に掲げる事項を団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結することができる(七条)と共に、他方同時に地公法上の職員団体を結成し、又はこれに加入することができ(地公法五二条三項)、また、勤務条件について地方公共団体の当局と交渉し(同法五五条一項)、書面による協定を結ぶことができる(同条九項)。そして、その労働関係について地公労法に定のないものについては、一部規定を除外したうえ労組法及び労働関係調整法の規定が適用される(地公労法四条)。

なお、本件で問題とされる分限及び懲戒を規定した地公法二七条ないし二九条の適用を受けることはいうまでもないところである。

2  地公法と定年制の関係

(一)  地公法によれば、職員は一六条各号(三号を除く)の一に該当するに至つたときは、条例に特別の定がある場合を除く外、その職を失う(失職二八条四項。なお、同項にいう「条例の特別の定」は前後の文言からみて「その職を失う」場合の例外、すなわち例外的に失職しない場合のあることを認めたもので、三号を除く一六条各号の事由以外に失職事由を定めうることまで認めたものではないというべきである)ほか、「この法律の定める事由」に基づく分限処分及び懲戒処分によつて免職せしめられる場合(二七条二、三項、二八条一項、二九条一項)を除いて、その意に反して免職されることはない(二七条二項)とされている。同法は職員の任意の退職について直接規定していないが、これが許されることは二七条二項が「その意に反して」の免職のみ禁止していることからも明らかである(いわゆる依願免職。なお、人事院規則八―一二、七一条は国家公務員につき、「辞職」を規定している)。

なお、条件採用期間中の職員及び臨時的に任用された職員については各身分保障の規定の適用はない(二九条の二)。

以上のように、地公法は職員がその意に反して身分を失う場合としては、失職と分限処分、懲戒処分としての免職のみを規定しているのであるが、失職は所定の欠格条項に該当する事由が生じた場合当然に離職するのに対し、免職は行政処分により離職するものであるから、両者はその法的性格を異にするものである。

(二) ところで、定年制は、労働者が所定の年令に達したことを理由として、自動的に、又は解雇の意思表示によつて、その地位(職)を失わせる制度であると解され(最高裁判所昭和四三年一二月二五日判決、民集二二巻一三号三四五九頁参照)、前記一認定のとおり、本件定年制は、任命権者たる市教委の何らの行政処分を必要とせず、所定の退職時期の到来と共に当然退職することを定めたものであるから、右の自動的にその地位を失う定年制の一種であり、従つて、法的には失職事由を定めたものであるということができる。

(三) そこで、地公法と定年制との関係についてみるに、地公法は職員の身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件を法定する立場をとつているが、同法がもともと職員の利益を保護する性格をも有していることなどからみて(同法一条参照)右法定主義は職員の利益を保障する趣旨で規定されていると解すべきことは最高裁判所の判決が示すとおりであり(昭和四八年四月二五日刑集二七巻四号五四七頁、同五一年五月二一日刑集三〇巻五号一一七八頁、同五二年五月四日刑集三一巻三号一八二頁)、また右各判決によれば、職員が右身分保障を享受していることが同時にその労働基本権制約に対する代償措置の一つとして機能するものと指摘されていることなどに鑑みれば、職員の不利益処分を規定する地公法二七条ないし二九条の規定は職員の利益保護の方向でその要件を厳格に解釈すべきものというべきである。従つて、同法はその第三章職員に適用される基準第五節分限及び懲戒において、失職を含め職員の不利益処分のすべてを網ら、明定し、これによりその身分を保障しているものと解すべく、これを職員の離職に限つていえば、同法は二七条二項、二八条一項により分限免職とその事由を、二七条三項、二九条一項により懲戒免職とその事由を、二八条四項により当然失職とその事由をそれぞれ規定しているが、これは職員の離職事由のみならずその種類をも右の三種に限定し、それ以外の離職は職員個々人の意に反しない免職のみ認めているものというべきである。更に、同法は職員の採用については条件採用制度をとり(二二条一項)、臨時的任用について特に規定を設けその要件、期間等を限定していること(同条二、五項)などからみて、同法は定年制を禁止し、職員の任用を無期限のものとする建前をとつているものと解すべきでおる(最高裁判所昭和三八年四月二四日判決、民集一七巻三号四三五頁参照)。

もつとも、同法の右のような身分保障の趣旨は、職員の身分を保障し、安んじて自己の職務に専念させることにより公務の遂行を全うならしめることにあると解されるが(前掲判決参照)、一般に定年制それ自体が公務員ないし右のようなその身分保障の趣旨に必ずしもなじまないものではないことは、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる甲第六六号証の二(室井力の鑑定書)により認められる四ドイツ連邦官吏法四一条一項(法律に基づく例外を認めつつ、官吏について六五才定年を定めている)のほか、我が国においても、その職務と責任の特殊性に基づくとはいえ、裁判官(憲法七九条五項、八〇条一項但書、裁判所法五〇条)、検察官(検察庁法二二条)、国公立大学の教員(教育公務員特例法八条二項)、公正取引委員(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律三〇条三項)、会計検察官(会計検査院法五条三項)、自衛官(自衛隊法四五条一項、同法施行令六〇条及び別表九)等に定年制が認められていることからも推認できるところである。そして、職員といえども老令なよる労働能力の逓減は一般的に避けられないところであるが、地公法は、この点について、職員が、営利追求の原則として自由な民間企業の場合と異なり、「地方公共団体の住民全体の奉仕者として実質的にはこれに対して労務提供義務を負うという特殊な地位を有し、かつその労務の内容は、公務の遂行すなわち直接公共の利益のための活動の一還をなすという公共的性質を有する」(前掲昭和五一年五月二一日の判決)うえ、その職務の内容も種々雑多で、一律に定年制を定めることが困難なことに鑑み、定年制によつてではなく二八条一項一ないし三号の運用によつて個々的に解決しようとしたものと解すべきである。

ただ、右のようなやり方は、見方によつては特定の老令者に対し老令による能力の滅退を宣言することになつて非礼なばかりか、再就職の機会を奪う虞れなしとしない反面、職員の新陳代謝は定年制がなければ円滑にゆかないということもでき、実際問題として、右分限免職規定の運用の困難なことは、公知のとおり今日大多数の地方公共団体において右目的を達するため広く退職勧奨の行なわれていることからも明らかである。しかし、地公法は、労働立法政策として、定年制禁止を含む身分保障規定を置くことにより、職員をして安んじて職務に専念させて公務の遂行を全うならしめ、もつて公務の中立性と安定性並びに能率的運営をはかろうとしているものというべきである。

なお、期限付任用の期限が到来した場合のように地公法上明文がなくとも当然失職する場合がありうることは、被告主張のとおりであるが(前掲昭和三八年四月二日判決参照)、右期限付任用といえども無制限に許されるものではなく、それを必要とする特段の事由が存し、かつ前記地公法の身分保障の趣旨に反するものであつてはならないとされているのであつて(前掲判決参照)、期限付任用の認められる場合があるからといつて定年制が認められることにはならないのである。このことは、また、前記地公法とほぼ同様の論理により定年制を禁止していると解すべき国家公務員の場合について(国家公務員法(以下、「国公法」という)第三章官職の基準第六節分限、懲戒及び保障参照)、人事院規則八―一二、一五条の二の一項但書は所定の要件のもとでの期限付任用を認めているが、原則を定めた同項本文において、「任命権者は、……恒常的に置く必要がある官職に充てるべき常勤の職員を任期を定めて任用してはならない。」と規定していることからも明らかである。

上来説示するところから明らかな如く、定年制は地公法の明定する失職ないし免職事由に該当しないものであるから、同法二七条二項の制約に服し、かつ個々の職員の意に反する限り同条項に反する無効のものというべきである。なお、労働協約は法令より下位の法規範で、法令に抵触する限度で効力を有しないのであるから(地公法八条ないし一〇条参照)、定年制の定めが労働協約であるか否かは右の結論に何ら影響を及ぼすものではない。現行法上、定年制の導入は法律の改正なくしてあり得ないのである。

(四)  <証拠>によれば、次の事実が認められる。

昭和二五年地公法が制定される以前には相当数の地方公共団体が条例等により定年制を設けていたが、同法二七条二項の施行された昭和二六年八月一三日以後右の定年制を定めた条例等は同条項に抵触するものとして右定年制を廃止しており、この点は自治省も再々の行政実例により確認しているところであり(行政実例、昭和二六年三月一二日付地自公発第六七号、昭和二九年一一月二〇日付自丁公発第一九七号、昭和三〇年三月八日自丁公発第四〇号、いずれも自治省公務員課長回答)、また、政府は昭和三一年以来三回にわたり地方公共団体が条例で定年制を実施しうることとする地公法の一部改正案を国会に提出しているが、いずれも審議未了、廃案となつている。

また、<証拠>によれば(当裁判所に顕著な事実でもある)、地公法三条二項の職員の同法七条二号の懲戒の基準の意味について、昭和三四年三月一七日付で東京都交通局労働部長から労働省に対し「地公労法は地公法の特別法である関係上、地公法二九条一項規定の懲戒の基準とは別個に新たな懲戒の基準を労働協約として締結し得る意か。もし、然りとすれば労働協約は法律に優先する結果になり、然らずとすれば地公労法七条二号の懲戒の基準は無意味な規定と思われるが如何」との質疑がなされ、これに対し、同年四月八日付で労働省労働法規課長から、「地公労法七条二項により同法三条二項の職員の懲戒の基準に関する事項を団体交渉の対象とし、これに関し労働協約を締結できるが、右の職員についても地公法二七条一、三項、二九条の適用があるから、右事項に関してはこれらの規定に抵触しない範囲内においてのみ団体交渉をし、労働協約を締結することができるものとする。」との応答がなされており、この理は定年制設置の可否に関してもそのまま妥当するところである。

更に、今日大多数の地方公共団体が定年制を設置することなく退職勧奨(実務上その行き過ぎが問題とされることもあるが、それ自体はあくまでも職員個々人の任意の意思形成を前提とするものであり、法的に問題はない)を実施し、高令職員対策としていることは前記のとおりである。

以上のとおり、行政解釈も実務も現行法上定年制は地公法二七条二項により禁止されておりその実施は法律の改正なくしてあり得ないもの、ないしこのことを前提とするもので、上来説示の当裁判所の見解とも一致するものである。

(五)  そこで、この点に関する被告の主張について判断する。

(1) 地公法七条二項は個々の行政処分としての免職を規定したものであり、一定の客観的事由の発生に基づく当然失職の事由を限定したものではないから、当然失職を定めた本件定年制は文理的に同条項に違反しないし、その身分保障の趣旨にも矛盾しないとの主張について

確かに、地公法は「免職」(二七条二項、二八条一、三項、二九条一項)と「その職を失う」(失職)(二八条四項)とを使い分けているが(同法はこのほか「退職」の語も用いる―四三条一項)、このことから被告主張のように解すべきでないことは前記のとおりであり、更に、地公法自体、「職制若しくは定数の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合」(二八条一項四号)、「刑事事件に関し起訴された場合」(同条二項二号)の一定の客観的事由の発生も分限処分の対象としているし、定年制はその法的性格をどのように構成するかに拘らず、実質的効果は免職と異なるものではなく、仮に、地公法二七条二項が失職等一定の客観的事由に基づく不利益措置と関係ないものとすれば、地方公共団体は定年制を始めとして右のような不利益措置を条例等により自由に設けることができることになり、かくては、同法が同条項を通じて意図した身分保障の趣旨の大半はその下位規範たる条例等により失われる虞なしとしないことからみても、採用できないところである。

(2) 単労職員は「……免職……及び懲戒の基準に関する事項」(地公労法七条二号)及び「……労働条件に関する事項」(同条四号)について団体交渉し、労働協約を締結することができ、労働協約は同法四条、労組法一六条により規範的効力が付与されていることから、労働協約により定年制を設けることが可能で、かつこれは地公法五七条を通じ同法二七条二項にいう「この法律で定める事由」にあたるから同条項に違反しないとの主張について

しかしながら、右の「この法律」とは地公法をさし、その具体化は同法二八条一項によつてはかられていると解すべきであるし、地公法七条二号も、「……免職、……及び懲戒の基準に関する事項」としていることからみて、被告主張は右法条の文理解釈からも採用できないところであるが、更には、被告主張の如き解釈によれば、単労職員は労働協約を締結することにより地公法所定の不利益処分以外の新たな種類の不利益処分ないしその事由に設置できることになり、しかも労働協約である以上、それが労組法一七条の要件を満たせば当該協約を締結した多数単労職員のみならず、それ以外の未組織、場合によつては少数組合の単労職員にも拡張適用されて規範的効力が及ぶことにならざるを得ず、かくては協約当事者としての多数単労職員はさて措いても(もつとも、当該協約が多数決によつて締結された場合には、これに反対した単労職員については未組織ないし少数組合の単労職員と同様の問題がある)、右の未組織ないし少数組合の単労職員にとつては、勤務条件法定主義のもとに個々の身分を保障した地公法の趣旨は没却されることになりかねないし、また、逆に、同法所定の不利益処分の種類及び事由と矛盾する労働協約、例えば、同法所定の不利益処分の種類及び事由を限定する労働協約も可能で、しかもそれが「この法律で定める事由」として法律と同等の効力を持つことになり、かくては法律よりも下位の効力しか有しない筈の労働協約が法律を改廃する効力を持つ結果となることからみても、右の解釈は到底採用できないところである。

地公労法の前記規定は、単労職員につき地公法の前記身分保障の規定に反しない限度で地公労法七条所定の事項につき団体交渉をなし、労働協約を締結できることを認めたにすぎないと解すべきものであり、しかも、地公法によれば、同法所定の不利益処分の「手続及び効果は法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定」めることになつており(分限につき二八条三項、懲戒につき二九条二項)、前記のとおり労働協約は条例に牴触する限度で効力を生じないのであるから(地公労法八条)、地公労法七条二号又は四号所定の事項に関する団体交渉及び労働協約の締結できる範囲は自ずと限定されているのである。

(3) 本件覚書は教組及び市教連と市教委との団体交渉の結果成立した合意を文書としたものであるから、労組法一七条によりその効力を受ける原告阪峯らとしてはその意に反して免職されたことにはならないとの主張について

定年制を定めた労働協約が地公法に違反し効力を有しないことは上来説示のとおりであるから、そのような合意が定年制を定めた限度で法的効力を持たないことも明らかであり、従つてまた、一般的拘束力を云々する前提を欠くし、この点は別としても、そもそも地公法二七条二項(なお、二八条二、三項も同様)にいう「その意に反」するか否かは職員個人の意思にかからしめていること、換言すればそのような方法により職員個人毎に身分を保障していることはその前後の文言からみて明白というべきであり、このような個別的意思が労働協約という労働組合の団体意思による一括処理になじむものかどうか疑問であるばかりか、被告主張のように解すると、単労職員については、同法の明示する不利益処分の種類及び事由以外にも、労働組合との合意としての労働協約さえあれば新たな不利益処分の種類及び事由を付加することができ、かつこの点につき個々の単労職員の意に反しても当該不利益処分を課することができることになり、同法が勤務条件を法定することにより意図した身分保障の趣旨に明らかに反する結果となることからみても、採用できないところである。

(4) 地公法二七条二項、二八条一項が、地方公共団体が条例により定年制を定めることを禁止しているとすれば、その限度で右各条項は憲法九二条、九四条並びに一四条に違反するとの主張について

憲法九二条は「地方自治の本旨」が何であるかを明示していないが、地公法は、同条二七条二項、二八条一項等の各規定を通じて職員の身分を保障し、安んじて職務に専念できるようにすることが「地方公共団体の行政の民主的且つ能率的な運営を保障し、もつて地方自治の本旨の実現に資する」(同法一条)との立場で規定したもので、右のような見解もそれなりに合理性を首肯しうるところであつて、このような立場を是とするか否かは畢竟立法政策の問題というべきであり、定年制を禁止することが直ちに「地方自治の本旨」に反するとはいいえないというべきである。

更に、地方公務員は全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するもので(憲法一五条、地公法三〇条)、その給与は主に税収によつて賄われ、勤務条件は法定され、労働基本権も制限を受けるなどその職務と責任に特殊性を有するのであるから、民間企業において定年制設置ができるからといつて地公法の前記規定が憲法一四条に違反するということはできない。また、国公法も国家公務員に対する身分保障の反面として定年制を禁止していると解すべきことは地公法と同様であるところ(国公法七五条、七六条、七八条等)、国家公務員と地方公務員とは、その公務員としての地位、責任、職務の本質等において径庭はないと解すべきであるから、地公法が定年制の設置を地方公共団体の制定する条例に委ねず、国公法と同様法律の改正によらなければならないとしているからといつて、直ちに憲法一四条に反することにはならないといわなければならない。この点も、前同様畢竟立法政策の問題というべきである。

(5) 地公法が定年制を禁止しているとしても、本件覚書は六〇才以上の校務員、作業員につき同法二八条一項三号の分限事由を具体化したもので、その適用を受けた原告阪峯らも六〇才を超えていたのであるから本件失職は有効であるとの主張について

同条項はその文言自体からみても、またその身分保障の趣旨からも明らかな如く、職員個人毎に具体的にその適格性を判断することを要求しているものであるところ、一般に老令により労働能力、殊に肉体的能力の逓減すること(もつとも、職業によつてはその長年の知識と経験により却つて労働能力が高まることもあるが、校務員、作業員の業務はそのような種類のものではない)は公知の事実であるが、その逓減の程度に個人差のあることも公知の事実であつて、同条項該当事由の有無を画一的に年令をもつて処理することは同条項の趣旨に反するばかりか、定年制を禁止した同法を潜脱するものであつて、許されないところであるといわざるを得ない。従つて、被告の右主張はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。<証拠判断、略>

3  本件覚書の効力

本件覚書が当然失職の事由を定めたものとしても、それが地公法の明定する失職ないし免職事由に該当しないことは同法二八条一項、四項、一六条(三号を除く)に照らし明らかであり、従つて、同法二七条二項の制約に服すべきもので同条項に違反する限度において無効のものといわざるを得ない。

もつとも、以上のように本件覚書が地公法二七条二項に違反し無効のものであるとはいつても、それは定年制を定めた限度において無効であるというにすぎないのであるから、法的に全く無意味のものと解する必要はなく、例えば、本件覚書の締結に賛成した個々の組合員については場合によつてはその意に反しない免職となることもあろうし、また、本件覚書の適用を受け何らの異議をとどめず退職した者も特段のない限り同様に解することができよう。更に、本件覚書は、所定の退職時期到来による退職「該当者は所定の退職時期に洩れなく退職することを条件に」所定の優遇措置を実施する旨定めたもので、見方によつては教組、市教連が所定の退職該当者である校務員、作業員に対し全員洩れなく退職するよう努力すること、その反面において全員洩れなく退職した場合には退職者に対し市教委が所定の優遇措置を講ずること(但し、条例に基づくことを要する。地公企法三八条四項)を合意したものとみることができ、従つて、個々の校務員、作業員にとつては、該当者が全員洩れなく退職するとの条件付とはいえ、退職勧奨の基準として機能すると解する余地もあろう。

しかしながら、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、原告阪峯らはいずれも市教従の組合員であつたが、教組、市教連及びその加盟組合である市教従の本件覚書締結に反対し、別紙(一)の「市教従脱退日」欄記載の日に市教従を脱退したことが認められる(被告主張によれば、同原告らは同時に教組の組合員でもあつたことになるが、そのことを仮定してみても、その教組への加入は市教従組合員であつたことに基づくというのであるから、市教従の脱退と同時に教組をも脱退したと認められる)から、いずれにしても、同原告らが本件覚書を根拠にその意に反して失職させられる理由はないというべきである。

上来説示のとおり、本件覚書が定年制を定めたものとすれば、それが労働協約であると否とに拘らず地公法二七条二項に抵触し、その限度で効力を有しないものというべきであり、従つて、原告阪峯ら個々人のその意に反する本件失職がいかなる意味においても有効とされる根拠はないから、その余の点につき判断するまでもなく、本件失職は無効のものであつて、同原告らはなお被告の設置する学校の校務員たる地位を有するものといわざるを得ない。

三給与等について

1  請求原因4の請求のうち、亡朝眞の死亡退職金を除く部分につき、先ず判断する。

(一)  同4(一)及び(二)の(1)、(3)、(編注2)(4)の各事実は当事者間に争がない。

(二)  そこで被告の主張及び(編注3)抗弁5につき検討するに、校務員の昇給、昇格及び扶養・期末・勤勉・調整各手当(以下、「諸手当」という)に関し市教委の認定、決定を要し、その手続、要件等が条例等により被告主張のとおり定められていること、原告阪峯らが本件失職がなく校務員たる地位を有していれば右条例等所定の要件を満たし、市教委の認定、決定を受け得、別紙(四)「給与明細表」の(1)ないし(5)記載のとおり昇給、昇格し、諸手当の支給を受け得たことは当事者間に争いがない。

しかしながら、先ず昇給、昇格についでは、同原告らに対する市教委の個別的な認定、決定の存しない以上、右認定、決定を受け得たというのみで直ちに当該認定、決定が存したものとして扱うことはできないものというべきである。蓋し、前認定のとおり、昇給については「……昇給させることができる」と規定され、昇格についても市教委が「選考」することになつているのであるから、昇給、昇格をするか否かは市教委の裁量に基づく認定、決定に委ねられているもので、職員の権利を設定したものではないからである。もつとも、昇給、昇格が市教委の裁量であるとはいつてもその恣意的運用の許されないことはいうまでもなく、前認定の認定基準の設定は右趣旨から大量の職員の昇給、昇格の認定、決定が適正、公正かつ迅速に行なわれることを確保し、もつて成績主義に立脚する地方公務員の給与制度を維持せんとするための内部的なものである。

従つて、昇給、昇格については市教委の個別的な認定、決定を要するほかないと解すべく、前記認定基準に合致するからといつて当然に右決定があつたものとして扱うことはできず、殊に、市教委が行政庁であることに鑑みるとき、右認定、決定があつたものとして扱うことは裁判所が市教委に代つて右認定、決定をなしたことになり、この点からも許されないものというべきである。

右のように解すると、原告ら主張のように、失職したため右認定、決定を受け得る余地のあり得ない原告阪峯らにとつて本件失職により蒙つた不利益を完全に回復することができなくなるが、この点はその根本的紛争原因たる地位の存否の解決に伴い行政庁たる被告側の是正措置に待つほかなく、その間は所定の要件に基づき債務不履行ないし不法行為等によつて填補するほかないものといわざるを得ない。

この点について、原告らは、昇給、昇格については形式的要件さえ満たせば、欠格条項に該当しない限り「良好な成績で勤務した」者として(昇給)、あるいは「勤務成績優秀な者で、かつ選考された者」として(昇格)、全員昇給し、あるいは殆ど例外なく昇格しており、このことは慣行化している旨主張し、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、昇給、昇格の運用実施が右がとおりであることは認められるが、このことは市教委の昇給、昇格が法令に従い適正かつ公正になされている当然の結果とみることもでき、右事実があるからといつて、このことが直ちに慣行化しているとまで認めるには足りないし、仮に右のような慣行を肯認しえても、右慣行は認定基準の運用に関するものであつて、このことから直ちに市教委の認定、決定があつたものとなすことはできない。

次に、諸手当について検討するに、<証拠>(「単純な労務に雇用される職員の給与の種類及び基準に関する条例」)及び地公企法三八条によれば、諸手当はいずれも単労の職員が権利として支給を受けることのできるものであることが認められるが、調整手当以外の手当については前認定の手続ないし市教委の認定、決定を要する。

しかるところ、扶養手当については、原告阪峯を除く原告阪峯らについては、前認定のとおり、本件失職当時いずれも配偶者(妻)を扶養親族として扶養手当の支給を受けていたのであるから、同原告らについては扶養手当に関する市教委の認定、決定を得ていたことが推認され、従つて、法令所定の変更事由の生じない限り右手当の支給を受けうるものというべく、右事由のないことについては当事者間に争がないから、同原告らにおいて右手当の請求をなしうべきものである。

また、調整手当についても、賃金性を認めうる給料月額と扶養手当を確定しうるのであるから支給を受けうべきものである。

他方、期末、勤勉手当については、一応支給率自体は定まつてはいるものの、前認定のとおりその支給額については職員の勤務実績に基づきその都度個別的な決定を要する以上、前記昇格についてと同様の理由により、右決定があつたものとして扱うことはできない。

2  次に、亡朝眞の死亡退職金について判断するに、請求原因4(編注4)(二)(2)のうち、亡朝眞が本件失職をすることなくその地位を有した場合、その勤続年数が22.6年となり、条例によればその死亡退職金支給率が22.05であること、但し、条例所定の増額支給決定があれば、更に8.205の支給率が追加され、その場合の死亡退職金が二九四万〇七八六円となることは当事者間に争がない。

しかして、<証拠>(「職員の退職手当に関する条例」)によれば、右増額決定は「在職中勤務成績優秀な者等特別の考慮を払う必要があると認められる者」について、「なお増額して支給することができる。」とされているのであるが、前認定のとおり、亡朝眞は本件失職当時、勤務成績優秀で、かつ選考された者として既に前記特二―二一の給料表の等級号を給せられており、このことは、被告において同人の勤務成績に関し何らの反論、反証のないことを総合すれば、右条例にいう「在職中勤務成績優秀な者」にあたるものというべく、右増額支給率の適用を受け得たものと認められる。しかしながら、右支給の規定が「……支給することができる。」と規定されている以上、右増額分は市教委の裁量にかかるもので、単労職員の権利として定められたものではないといわざるを得ないから、前記昇給、昇格と同様の理由により右増額支給率の決定があつたとして扱うことはできない。

3 しかして、本件失職処分の無効であることは前記二に認定のとおりであるから、請求原因4記載の給与等のうち、昇給、昇格したことを前提とする部分、年末、勤勉手当部分、死亡退職金の増額支給率部分をそれぞれ除く部分については、給与及び死亡退職金として支給を受けることができ、被告はこれを支払う義務がある(本件において、右金額の詳細を認定する必要のないことは後記のとおりである)。

4  そこで、進んで被告の主張及び抗弁6(編注5)(一)につき検討するに、一般に労働契約上の労働者たる地位は、これと一体不可分として生じ、かつその消長を共にする賃金等の請求権をも包摂する包括的なものであるから、右の地位の確認を求める訴は右のような賃金等の請求権を包摂する包括的な法律関係たる地位の確認を求めるものであり、従つて、訴訟法的には右訴が当然に賃金等の請求権を訴訟物とするものではないにしても、右地位に包摂される右のような賃金等の請求権についてもその権利を主張し、ないしは履行を求める意思を含むことは明確というべきである。殊に、賃金請求権は労働に対する対価、報酬として正に労働者としての地位の確認を求める利益の中核をなすものであり、労働契約上の地位確認の訴は右の請求権を確保するためにあるといつても過言ではない。

このように、労働契約上の地位確認の訴には、労働者たる原告において右地位に伴つて生ずる賃金等の請求権についての主張ないし履行の意思が明確に表示されているのであるから、消滅時効制度の趣旨からみて、右訴の提起は賃金請求権についても裁判上の請求に準じてその時効を中断させる効果があるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、単労職員のみならず公務員の勤務関係を法的にどう把握するかに拘らず、その実質は民間労働者の場合と異ならず、その給与は勤務に対する対価、報酬であり、前記法理が同様に妥当すると解すべきところ、原告阪峯らは本件失職通知を受けた後二年内の昭和四五年九月一〇日甲事件原告として甲事件中の校務員たる地位確認の訴を提起したこと、亡朝眞も甲事件原告として右訴訟の原告となつていたところ、昭和四八年一月三日死亡したため原告亡朝眞相続人らにおいて右訴訟の受継申立をしたが、当裁判所において却下されたため昭和四九年四月五日乙事件を提起したものであることは本件記録に徴し明らかであるから、甲事件原告らについては甲事件の訴を提起した時点で右給与請求権の消滅時効は中断しており、また乙事件原告とについては、中断事由消滅後二年内に乙事件を提起したものであるから、いずれも前記認定の請求権は時効により消滅しているということはできず、被告の主張は理由がない。

四損害賠償

1 原告らの予備的請求原因は、昇給、昇格等に基づく給与請求のうち、賃金性が認められない部分について不法行為としての損害賠償を求めるにあるから、前記三認定の賃金性を認めなかつた部分につき不法行為の成否を検討する。

(一) 本件失職が無効で、右は任命権者たる市教委が地公法及び地公労法の解釈、適用を認つたことに基づくことは前記二認定のとおりである。

しかして、(1)地公法上条例により定年制を設置し、その結果個々の職員の意に反して当該職員を失職させることの許されないことは、前記二認定のとおり自治省の行政解釈においても再三確認され、本件覚書締結当時、国会において地公法を改正し条例により定年制を設置できるようにする法案が問題とされて、各地方公共団体の大多数も右解釈を前提に退職勧奨、優遇措置の設置等により実質定年制の実をあげるべく努力していたのであり(被告が本件覚書の締結等により定年制の必要性を認めておきながら、条例により定年制を設置していないのは右の解釈を自認しているものと推認される)、学説上もこれが定説とみるべきこと及び前掲最高裁判所昭和三八年四月二日判決も地公法が職員の任用を無期限とする建前をとることを肯認し、右解釈を是認するものと推認されることは当裁判所に顕著な事実であり、右の点は地公法の解釈上疑義のないところというべきである。

また、(2)労働協約といえども法令に抵触する範囲で効力のないことは前記のとおりであり、右の理は単労職員の地公法五七条、地公法附則四項、七条と地公法二七条二項との関係についてそのまま妥当することも前記二のとおり、行政実務及び学説上明らかであつたといわねばならない。

もつとも、以上(1)、(2)の点については、本訴において、被告から、現行地公法上も条例により定年制を設置することは認められるとする見解(前記乙第九二号証)単労職員については労働協約を締結すれば可能であるとする見解(前記乙第一四号証)が提出されているが(これらの見解の採用し得ないことは前記二のとおりである)、これらの考えはいずれも通説的見解ではなく、実務上もとられていないところであり、市教委が本件覚書当時ないし本件失職通知をなした当時いかなる学説、判例、行政解釈、実例に立脚してなしたのか何ら立証がなく、却つて当時においても右(1)、(2)のように解すべきことについては、(1)については既に確定したものであり、従つて特段の合理的事情のない以上(2)のように解すべきことも明らかであつたというべきであり、本件において市教委に右特段の合理的事情を見出す証拠はない。

市教委は行政庁であり、以上のような行政解釈及び学説、判例のあつたこと、従つて単労職員の定年制設置の可否につき労働協約によつても許されないことを職務上当然知つていたか、少なくともこれを知るべき立場にあつたものというべきである。

<証拠>によれば、本件覚書の適用にあたつては、その退職の形式は当該退職該当者所属の学校長あるいは市教連加盟組合から当該退職該当者に対し退職願を出すよう指導、勧告し、右退職願の出された分については依願退職の辞令を出していたことが認められるのであり、このことは、市教委においても本件覚書の適用にあたり当該退職該当者の意に反して職員を失職させることに問題があることを考慮した措置と推認されるのである。

ところで、市教委は被告大阪市の執行機関として設置されているもので(地方自治法一八〇条の五)、原告阪峯ら校務員の任免権限も元来被告大阪市が処理する教育に関する事務及び法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する事務であり(地教行法二三条三号)、市教委の委員の任免も被告大阪市の長がなし(同法四条一項、七条)、予算も被告において編成すること(同法二九条)などからみて、市教委が職務執行としてその任免権限に基づき原告阪峯らを失職させたことは、すなわち被告の公権力の行使にあたるものというべきところ、以上から明らかなとおり、本件失職は市教委が少なくとも過失により地公法、地公労法の解釈を誤り、その結果本件覚書を理由に同原告らの意に反してなした違法なものであるから、これにより同原告らに生じた損害は被告において支払うべきである。

(二) 同原告らが本件失職をすることなくその地位を有していれば、その後も別紙(四)給与明細表の(1)ないし(5)記載のとおり昇給、昇格し、期末、勤勉手当を受け、死亡退職金につき増額支給決定を受け得たであろうことは前記三認定のとおりであるから、同原告らの得べかりし利益は請求原因4記載の金員と一致すべきところ、原告らはそのうち前記三において賃金性を認め得ない部分に限つて予備的に請求しているのであり、従つて、右部分相当損害金については国賠法に基づく損害賠償として被告に支払義務があるものというべきである。

2 進んで、被告の主張及び6(編注6)(二)につき判断するに、右の賠償請求権は、校務員たる地位とこれに包摂される賃金等の請求権に由来し、かつ右賃金等の請求権として請求していた一部につき予備的に新たな法的構成を追加したにすぎないもので、その実態に変りはなく、従つて、前記三4と同様の理由により、右賠償請求権についても消滅時効によつて消滅していないものというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく被告主張は理由がない。

五給予等と損害賠償との関係

以上によれば、前記三の給予性を肯認しうる部分と前記四の賠償請求として肯認しうる部分とを合算すれば請求原因4記載の金員となることは明らかであり、かつこれらの遅延損害金の起算日も本訴請求においてはそれが給与部分か賠償部分かにより齟齬をきたすことはないから、両者の各認容部分を明示しなくとも問題はないものというべきである(被告もこの点は何ら問題としていない)。

従つて、原告らが請求原因4において掲げた請求は一部は給与として、一部は損害賠償として理由があるというべきところ、原告阪峯らは昭和四五年九月七日、被告からそれぞれ別紙(四)給与明細表の(1)ないし(5)の「既払額」欄記載の金員の支払を受け、(この点は当事者間に争がない)これを同表合計金額欄記載金員から控除しているので、本訴請求金額は右範囲となる。

六相続等

1  亡朝眞の給与及び損害金合計四一四万五三六〇円

請求原因6項のうち、亡朝眞が昭和四八年一月三日死亡したこと、原告亡朝眞相続人らが亡朝眞の妻及び子で相続人であることは当事者間に争がなく、他に相続人のないことは本件記録から明らかであるから、妻である原告宮城ヨシは一三八万一七八六円、その余の原告亡朝眞相続人らはそれぞれ六九万〇八九三円を承継取得したものというべきである。

2  死亡退職金及び損害金合計二九四万〇七八六円

死亡退職金については、原告宮城ヨシが第一順位の受給権者であることは当事者間に争いがないから、右金員は同原告が自らの権利として取得すべきものである。

七結論

よつて、原告らの本訴請求は、金員の支払を求める部分については給与及び損害額の合算したものとして、すべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(上田次郎 東修三 田中亮一)

<編注>

(1) 1 当事者

原告阪峯、同土井、同藪内、同宮島及び訴外亡宮城朝眞(以下、「亡朝眞」という)(以下、右五名を「原告阪峯ら」という)は、いずれも任命権者である訴外大阪市教育委員会(以下、「市教委」という)に被告の設置する学校の校務員として別紙(一)の「採用日」欄記載の日に採用された地方公務員で、かつ地方公務員法(以下、「地公法」という)五七条にいう「単純な労務に雇用される者」(以下、「単労職員」という)に該当する職員である。なお、生年月日及び後記失職時の勤務校は別紙(一)の各該当欄記載のとおりである。

原告宮城ヨシは亡朝眞の妻、原告宮城一夫、同宮城安子、同宮城修、同奥平和子はいずれもその子である(以下、右原告五名を「原告朝眞相続人ら」という)。

2 本件覚書と原告阪峯らの失職

市教委は、昭和四三年三月二九日締結の別紙(二)の覚書(以下、「本件覚書」という)が大阪市立学校教職員組合(以下、「教組」という)、大阪市教職員組合連合協議会(以下、「市教連」という)との間に締結された校務員、作業員の所定年令到達による退職制度、すなわち定年退職制度(以下、「本件定年制」という)及びその処遇を定めた労働協約であるとの立場から、本件覚書の効力に基づき、原告阪峯らがそれぞれ別紙(一)「失職日」欄記載の日に被告の職員としての地位を失つた旨通知し、同日以降の就労を拒否して給与等の支払をしない(以下、「本件失職」という)。

(2)、(4) 4 給与及び死亡退職金

(一) 原告阪峯らの本件失職時における等給号、給料月額等は別紙(三)記載のとおりである(扶養手当はいずれも配偶者(妻)に対するものである)。

(二) 同原告らが本件失職をせず、被告の職員としての地位を有し、かつ通常に昇給、昇格等した場合、

(1) 昭和五二年三月末(亡朝眞については昭和四八年一月末)までに、被告から支払を受くべき給与及び昇給、昇格の等級号は別紙(四)給与明細表の(1)ないし(5)のとおりである。

(2) 亡朝眞は昭和四八年一月三日死亡したが、これに伴う死亡退職金は二九四万〇七八六円で、その計算式は次のとおりである。

9万7200円×30.255=294万0786円

(死亡時給与月額)×(勤続年数22.6年の整理率)=(死亡退職金)

条例によれば、勤続年数22.6年の死亡退職金支給率は22.05で、30.255との差額8.205は条例に基づく増額支給決定が必要であるが、本件においては右決定を受ける余地はなかったのであるから、右決定があったものとして扱うべきである。

(3) 亡朝眞を除く原告阪峯らが昭和五二年四月以降毎月支払を受くべき給与、扶養手当、調整手当は、別紙(四)給与明細表の(1)ないし(4)の各昭和五一年度欄の「一ケ月に対する給料月額・諸手当」欄(上下に分かれているときは下段)記載のとおりである(その各合計金額は、原告阪峯は一八万〇五七六円、同土井、同藪内はそれぞれ一八万九二一六円、同宮島は一九万二四五六円である)。

(4) 被告の給与支払日はその月の二〇日である。

(3) 5 昇給、昇格等について

(一) 昇給、昇格

一般に公務員の昇給、昇格は、国、地方公共団体共に任命権者が予め何らかの基準を設定し、その基準に則り個別に決定していることが多く、その基準は千差万別である。

被告大阪市においては、原告阪峯ら校務員の昇給について、「単純な労務に雇用される職員の給与の種類及び基準に関する条例」(昭和二八年条例二六号)一一条により、「職員の給与に関する条例」(昭和三一年条例二九号)第五条第五項が基準とされ、同項の「一二月を下らない期間を良好な成績で勤務したときは、一号給上位の号給に昇給させることができる」との規定の適用を受けることとされ、右に「良好な成績で勤務した」との認定の要件は、「昇給基準の実施細目について」(昭和二五年一一月八日労第三七二号)に定められ(右昭和三一年条例二九号の附則三項の「従前の例」によっている)、右細目によると、1 欠勤者 2 産前産後の休暇を受けた者 3 勤務成績の不良な者 4 休職者 5 勤務停止者 6 懲戒処分を受けた者 7 前各号の二以上が競合する場合(8 退職予定者)の八事由が昇給停止、繰り延べ事由とされている。

従つて、原告らの昇給についても、右事由に該当しない者であることの市教委の認定及び昇給の決定があつて始めて昇給された額の請求権が発生するものである。

また、同原告らにつき問題となる昇格は、技能労務職給料表の二等級から二等級特認への昇格であるが、その選考資格は「勤続二二年以上で、かつ二等級在級三年以上の者の中から勤務成績優秀なものでかつ選考された者」となつており、勤務成績については各学校長の個人調書による勤務評定の上申を受けた市教委が選考するのであり(「学校職員の格付基準について」中の格付基準表、「昇格の年二回実施及び昇格基準の要綱について」昭和三九年七月三一日総務局長)、選考されて始めて昇格するのであつて、原告阪峯らが当然昇格するとはいえないのである。

右のような基準は、国又は地方公共団体の支出が予算の範囲内でのみ行なわれることに鑑み、支出額を予め計数可能ならしめる必要があること、大量の行政事務を短期間に迅速に処理し、かつ、庁内全体の適正公平な処理等の要請があることから不可避的に設定されるのであるが、あくまでも行政庁内部の処理基準であつて直接職員の権利を設定したものではなく、これによつて本来行政庁が有する裁量権そのものが消滅するわけではないから、依然として、職員の昇格(昇給も同じ)には任命権者の個別的具体的な決定という裁量処分権の行使を必要とするのであり、これなくして職員が昇格(昇給も同じ)することはない。

従つて、右のような任命権者たる市教委の昇給、昇格決定の存しない本件においてこれがあることを前提とした給与等の請求をなすことは許されないし、更に、そもそも私人間の争いと異なり、司法権といえども三権分立の制度的制約から行政庁に代つて裁量権を行使することはできないのであるから、裁判所も右昇給、昇格の決定があつたものとして扱うことは許されず、この点からも原告らの主張は失当である。

右の点は、前記のとおり亡朝眞の死亡退職金の増額支給を求める分について同様に妥当するところである。

(二) その他

(1) 扶養手当については、所定の届、書類を市教委へ提出して所定の要件に該当するとの市教委の認定を受けて始めて同手当の請求権が発生するのであるし(前記昭和三一年条例二九号一〇条、扶養手当支給規則)、期末手当、勤勉手当は職員の勤務実績、すなわち実勤務日数(期末手当)、欠勤日数(勤務手当)により市教委が各職員につき決定するのであり、右決定のない原告阪峯らには前同様の理由により当然支給されるものとみなすことはできない。

(2) また、調整手当は給料月額に扶養手当を加えた額の一〇〇分の八であるが、本件では右合計額が確定しないからその算定は不可能である。

(5) 6 消滅時効

(一) 原告らの給与等の請求のうち、甲事件原告らの分については同原告らが甲事件において給与の請求をなした昭和四九年四月一九日を、原告亡朝眞相続人らの分については同原告らが乙事件を提起した同月五日をそれぞれ遡る各二年以前の分は、地公法五八条三項、労基法一一五条、地方自治法二三六条により終局的かつ確定的に時効により消滅したものである。

(6) (二) 原告らの国賠法に基づく予備的損害賠償の請求については、原告阪峯らは本件失職時において右昇給、昇格等のないことによる損害及びその加害者を知つていたのであるから、右差額分の請求をなした昭和五三年二月二二日を遡る三年以前の分は、いずれも時効により消滅しているから、これを援用する。

紙別

(一)

氏名

阪峯梅吉

土井藤治郎

藪内冨三郎

宮島俊治

宮城朝眞

勤務校

北鶴橋小学校

小松 〃

中津南 〃

日東 〃

淡路中学校

生年月日

(明治)

三九・一・二一

四〇・八・三

四三・二・五

四二・八・二八

四〇・四・一五

採用日

(昭和)

二九・三・二二

二七・一〇・一六

二八・九・一四

二五・五・一五

二五・七・一四

失職日

(昭和)

四四・四・三〇

四四・一〇・三一

四五・四・三〇

四五・四・三〇

四四・四・三〇

市教従脱退日

(昭和)

四三・三・三一

四三・五・三一

四二・五(頃)

四三・三・三一

四三・五・三一

別紙(二)

覚書

大阪市教育委員会と大阪市立学校教職員組合とは、校務員、作業員の特殊な事情を考慮のうえ、退職条件暫定措置について、次のとおり実施することに意見の一致をみたので、ここに覚書を交換する。

1 職種

校務員、作業員とする。

2 対象者

昭和四五年四月三〇日までに、滿六〇才以上となる者。

3 退職時期

昭和四五年四月三〇日にこの暫定措置を完了するものとし、退職時期の定めは、昭和四五年四末日を含み五回とする。

具体的には次のとおり。(次段)

4 処遇及び処遇の条件

該当者は所定の退職時期に全員洩れなく退職することを条件に次の処遇を行なう。

退職時期

該当者

昭和43年4月30日

満64才以上の者

昭和43年10月31日

満64才の者 満63才の者

昭和44年4月30日

満63才の者 満62才の者

昭和44年10月31日

満62才の者 満61才の者

昭和45年4月30日

満61才の者 満60才の者

(1) 整理率適用

(2) 勤続一〇年以上の者

一号特別昇給

5 初回限りの特例

第二項に定める対象者のうち、第二回以降の該当者で、第一回実施日(昭和四三年四月三〇日)に退職を希望するものは、初回該当者とみなしてこの措置を適用することができる。

(従つて第二回目以降については、それぞれに定められた該当年令者以外には適用しない。)

昭和四三年三月二九日

大阪市教育委員会

教務部長 岡山喜久雄

大阪市立学校教職員組合委員長

大阪市教職組合協議会議長

上甲清一

別紙

(三)

原告 阪峯梅吉

同 土井藤治郎

同 藪内富三郎

同 宮島俊治

故 宮城朝眞

等級号

二―一八

二―一九

二―一九

特二―二三

特二―二一

給料月額

五八、〇〇〇

六四、一二〇

六四、六七〇

七二、七八〇

六四、四〇〇

扶養手当

一、七〇〇

一、七〇〇

一、七〇〇

一、六〇〇

調整手当

三、四八〇

三、九四九

三、九八二

四、四六八

三、九六〇

合計

六一、四八〇

六九、七六九

七〇、三五二

七八、九四八

六九、九六〇

(等級号は同原告らに適用される「扶能職労務給料表」におけるもので、例えば二―一八は同表の二等級一八号の意である。以下同じ)

別紙(四) 給与明細表

(1)は、原告阪峯分

(2)は、同 土井分

(3)は、同 藪内分

(4)は、同 宮島分

(5)は、亡 朝眞分

である。<以下、別紙略>

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